/違和感ポイント/
フィンランドで目にした美しい社会の姿。しかし、そこで出会った女性の過去から垣間見た“幸せの国”のリアルは、僕の抱いていたそれとは違った。
※この記事は「フィンランド紀行「自分の体が嫌い」な僕は、“理想郷”のリアルに勇気をもらった。【前編】」の続きです。
ヘルシンキで出会った“美人”の過去
次の日、パーティで知り合った新しい友達、タラと遊びに出かけた。あの夜、誰よりも激しく踊っていた彼女とは、帰りのトラムで隣同士になって打ち解けた。
話の弾みで「大学でジェンダーについて齧っている」と話をしたところ、タラはすごく興味を持ってくれた。「よ!ジェンダーギャップ121位!」と掛け声を上げたくなるほど男
女格差のある国だ、政治にも多くの女性が参加するフィンランドで生まれ育った彼女から
すれば、不思議な異国であろう。

集合場所は中央駅。方向音痴なので分かりやすいところを、とお願いした。
その後昼過ぎに散歩をした海辺の街は、物語の中に入り込んだかのような穏やかな雰囲気に包まれていた。
「私、これすごく上手なの。掴まって」という彼女の肩にしっかりとしがみつき、電気スクーターに乗って海辺や街を走り回る。中学生の頃、初恋に破れた思い出のスポットを爆笑しながら紹介し、行きつけのメキシカンバーや大きな図書館もお勧めしてくれて、お気に入りのカフェにも連れて行ってくれた(ヤスミンが食べてたサラダ、ここにあったのね!)


老若男女が行き交うモールの広い通路を通り抜けた時には、出産がテーマの展示会が行われていた。
人間美でいっぱいの写真を眺めながら、僕が「これね、変な話だけど、日本でやったら“エロ”って類にされちゃうと思う。コンビニにはそういう雑誌も売ってるんだけどね」と言った時の彼女の頭を「?」が埋め尽くしていたのは一目瞭然。
彼女が「私、オーロラ見たことないの」と言った時の、僕の顔もあんな感じだったのだろうか(北部に行かないと滅多に現れないし、ムーミン愛が特に深い訳でもないとのこと。(なんと!)

日が暮れた街を散歩をしながら、自分がどんなことに幸せを感じて、自分のどこが好きで、どこを直したいか、言葉を交わし合う僕たち。
すると、細身で“美人”な彼女は、摂食障害を患った過去があるほどの体型コンプレックスの持ち主だと明かしてくれた。
彼女も自分の体が大っ嫌いだったのだ。
「『鍛えれば良いじゃん』とは言われるんだけど、極めて太りやすい体質の人が“理想の体”を維持するのって難しいじゃない?それと同じで、すぐに痩せてしまう人にとっても、体型の維持は至難の技なんだよね。沢山食べようとした結果も散々だったし。それでも痩せ型体質の人の苦労は、あんまり理解されない。むしろ『羨ましい』なんて言う人もいるし、勘弁してよってね」
それに関して、あまり多くを語らなかったタラ。しかし、陽の気を人の形にしたような彼女の瞳に映る光は、その一瞬だけ、どこか遠くへと身を潜めた。
「幸せの国」なんてない
「幸せの国」とも謳われるフィンランドは、その異名に引けを取らない福祉や育児支援の充実度に加え、「美」のあり方や「男/女なのに」にもあまり囚われない国民性で知られている。実際に容姿について言及する文化も極めて薄いと言われていて、交通機関やあちこちに「完璧な男女」を貼る風習もない。
プールでの素朴な会話はそれを象徴するような出来事だったし、街ゆく中でも、実際にそ
う感じさせる小さな出来事や言葉がポツポツと転がっていた。けれど、その現実の一方で、この国に「美」や容姿から来る虐めが全くないのかといえば、決してそういう訳でもない。
正直、この旅に出るとき、僕は日本というリアルから逃げるようにして空港を後にしてい
た。どんなにコミュニティを選んでも、日常の中からかき消すことのできない言葉が、雰囲気が、日本にはあった。そして、その全てから自分を守ろうとして、必死に壁を築き上げて
いた。けれど、「日本と海外」なんて構造は、やっぱり存在しない。
“きらきらの異国”にだって、その地の現実問題、リアルがあり、そこで誰もが傷つけ合
い、いたわり合っているのだ。どこへ逃げたって、みんな、必死で戦っている。時に涼しい顔でボロボロの傷を隠しながら、時に人知れず涙を流しながら。
彼女を見て、そんなことを内省した。

とは言えど、この尊い出会いたちが、僕をちょっぴり強くしてくれたこともまた事実。
電車の駅で彼女とさよならをした後、泣く泣く購入した北欧価格のトラムチケットをポケットにしまい、寒い夜道をゆっくりと歩いて帰った。一日の残り香を、少しでも長く身
にまとっていたかった。
自分と同じように喘ぎ奮闘する人が、遠く離れた“理想郷”にもいるというリアルに「もう少し、
前に進んでみない?」とそっと手を差し伸べている。
そして僕は、その手をしっかりと掴んでいきたい。

※本記事は2020年4月8日にnoteに掲載された 「フィンランド紀行 「自分の体が嫌い」な僕は、”理想郷”のリアルに勇気をもらった。」の記事を再編集しました。
執筆者:林慶/Kei Hayashi
編集者:清水和華子/Wakako Shimizu